最高のルアーコンセプト

ルアーを扱うアングラーである以上、 どうしても知っておいてほしい男がいる。ルアーと人間との出会いの歴史を遡って見た時、このひとつの歴史の中で、ある言葉が発せられた。その言葉以上のルアーコンセプトに、今まで僕は出会ったことがない。

1939年、ナチスドイツがソビエト連邦に侵攻し、「冬の戦争」と呼ばれるソ連・フィンランド戦争が勃発した。戦火の中、フィンランド軍隊の食料調達は、大変な仕事であり、また重要な任務でもあった。

このころ、フィンランド軍は、爆薬を使って魚を捕獲していた。湖に爆薬を投げ入れ、その衝撃で魚を捕獲する方法だ。

貴重な爆薬を使用する捕獲法に対して、一人の男が異を唱えた。その男とは、この軍隊に兵役していた”ラウリ・ラパラ”。ラパラルアーの生みの親だ。彼は、彼の作ったルアーで捕獲した方が、はるかに効率がいいことを主張した。

しかし、誰も彼の言うことを信じなかったし、聞き入れてくれなかった。 そこで、彼はルアーの性能を証明するために、皆の目の前で実際に魚を釣って見せた。そして、実に1時間で74匹のパイクを釣り上げて見せたのだ。

この数字は爆薬を使って捕獲するよりも、はるかに効率いい数字だった。この噂は、たちまち軍全体に広がり、戦争が終わることには ラパラの名はフィンランド全土に広がっていた。

ラウリ・ラパラは、こういっている。「やられるのは、いつも決まって弱っている小魚だってことに気が付いた。獲物になる小魚は、動きやリズムが、群れと少し違うやつなんだ。その差がわかってきたら、

次に狙われる魚がどれだか言い当てられるようになった。それ以来、ルアーデザインは、そのちょっとした動きの差というのを 基本にして作ってきたわけさ」

この言葉は、アングラーとして知っておくべきことが、 すべて詰め込まれているルアーコンセプトだ。また、現代のルアーコンセプトは、これを補足しているに過ぎない。

ラパラルアーが最高だと主張するつもりはない。しかし、ラパラという男がここまで情熱を傾けてきた末に、たどり着いた境地に、耳を傾け学ばない手はない。

僕は、この話を思い出すたびに、人間の英知の結晶である誇りとロマンを感じる。魚と真剣に一対一で対峙し続けたラパラの姿勢を今でも、僕は尊敬し続けている。

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