楽観主義

釣り人というのは、すこぶる楽観主義だという。釣りに行くたびに、今日こそはデカイのが釣れると思う。今までの状況から、その確率を計算してみても、今日、それが釣れる確率は、そう高くない。

しかし、「釣れるかも」しれないという可能性はゼロではない。たしかに、初めてロッドを手にする8歳の子供でさえ、いきなり世界記録を釣り上げる可能性はゼロではない。

逆に、たくさん釣りにいけば、確率こそはあがれど、その経験はビギナーズラックに破られることもある。それでも、釣り人は、「今日こそは」と感じながら、ロッドを手にして、キャストを繰り返す。複数日の試合であれば、上手下手の差は出る。

しかし、1日だけの勝負なら、上手下手だけではない。それが、また釣りの面白いところであり、ある意味で、残酷な部分でもある。それを判っていながらも、釣り人は今日も行く。

これを楽観主義といわずしてなんといおう。勝ち負けや上手い下手だけでは語れない、夢を追い続けたいという狩猟本能がそうさせる。サカナとの駆引きが、本能をくすぐる。

その駆引きがあるからこそ、今日も楽観主義でいられる。それが何になるというのか?そんな理由なんて、そこに必要ない。デカイのを釣りたいだけ。ただ、それだけで充分なのだ

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