知恵

理論や情報、知識を追い求めると、頭でっかちになってしまう。頭でっかちになる代償として、柔軟性や可能性が阻害される。そして、それは、「釣れない」という結果をもたらす。釣れない状況を、また知識と情報で、「分析」する。

そして、また「釣れなかった理由」を作り上げてしまう。こうしたサイクルには、今でも悩まされる。惜しかったとか、惜しくなかったとか、それが、真実であるかどうかも定かではない。

しかし、そこに自分自身への慰めを抱き、そして、自分なりに納得しようとする。「これが正解だったのではないか」「次は、こうすればいいのではないか」そう考えて、次回に望む。しかし、そこにある現実は、想定外のもの。そして、また、繰り返し・・・。

正直いって、結果に惜しいとか惜しくないとかはない。そして、その状況が、そのまま訪れることも無い。頭でっかちの弊害は、ここにも及ぼす。情報や知識、経験を、「そのまま」使おうとする。

全く同じ状況などない現実で、「そのまま」使えることは、ほぼないと考えていい。特に、次回までの日数が空く場合などは顕著だ。つまり、「学んだ結果は、そのままでは生かせない」。

経験や知識は、寝かさなければならない。他の情報と混ざり合って、初めて使えるものとなる。だから、今日の結果は、今日の結果。それを、自分なりに解釈したなら、一旦忘れてみる。あれこれと考えすぎない。

一旦、手放して、それからフラットにしてみる。次回は、フィールドに立ってみてから「感じてみる」。複数の源の複合から導き出せるのは知恵だ。ひとつの源から出てくる知識とは奥行きが違う。一旦、偏った思考を停止しなければ、知恵は導き出せない。

沸き起こってくるものを自然に受け止める土壌を準備しておく。そのために、思考はめぐらせたなら手放す。せっかくの知恵を生かすための方法。頭でっかちにならないためのエクササイズ。知恵こそが、最大の武器となる。

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