統計学による見方

歴史の中で、福祉や医療の分野などで、最も効果をもたらしてきた学問に統計学がある。原因がわからない疫病や治療法について、その傾向を分析することで原因や効果がわかる。

統計学は、優れた学問ではあるが、もう一方で、扱いを誤ると全く異なる答えも導く。社会から犯罪者を撲滅する目的で、過去の犯罪者の食生活を分析することにする。

その理由としては、生物の細胞は、口から摂取したものから形成されていることによる。つまり、犯罪を誘発しやすい食材を特定し、それを排除することで犯罪率を低下できるというねらいだ。その結果、あらゆる犯罪者に共通した食材が判った。

それは、”米”だった。このように、統計学は質問や対象を誤れば、全く役に立たない結果を導き出してしまう。とはいえ、統計学は有益な学問で、我々は知らず知らずのうちに、受け入れている。”よく釣れるルアー”、”よく釣れるフィールド”。

”以前は、これでよかった”、”みんなこうしている”。それは、統計学的にみて正しいのだろうか。正しい質問と対象に基づいているものだろうか。情報は、それ自体、何の罪もない。

一方の見方では意味があり、もう一方では意味がない。そのどちらの側面をみて、どう判断するか。それは、情報を受け取る側次第ということなのだ。

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